
親友の紹介で宇江佐真理の小説を読んだ。まことに恥ずかしい話であるがこの年になるまで宇江佐真理なる作家の名前は聞いたことがなかった。後日談だが、親友と去年何十年ぶりがで会った友との3人(いずれも高校時代の同期の桜である)で飲む機会があった時、その同期の友に宇江佐真理という作家を知っているかどうか尋ねたところ即座に彼女の代表作を二、三挙げた時は愕然となった。如何に自分一人は無知、蒙昧であるかを思い知らされた次第である。話を戻すが、親友はこの作家の作品を是非読むようにとメールをよこし、内容の豊かさは日本の文豪といわれる作家でも一目おくであろう、それほど傑出した女流作家である、とにかく読めそして自分(親友のこと)がこの作家と同郷である(函館出身)ことがどんなに誇らしいことかと何冊かの作品名を挙げてよこした。そこそこに返礼し、しばらくこの作家の小説を読むことはなかったが、そんなおり朝日新聞が追悼記事で彼女の晩年の作『うめ婆行状記』を夕刊に連載することとなった。そのことも引き金となって、彼のいちおし『ひょうたん』を読んでみようと思いたったのである。読み進めていくうち物語にぐんぐんと引き込まれていく。あまりのうまさ、そしてなにより登場人物の会話が女流作家宇江佐真理の人となりを如実にあらわしていることがはっきりと感じ取れるのであった。人間の良心とは何かを音松、お鈴夫婦の会話に発見出来る。中身に深い感銘を憶えたのはもちろん、執筆する彼女の人生観、高潔な精神にふれることとなりなぜか涙が止まらなかった。
心根の優しいこの作家が親友の言葉ではないが同じ北海道の出身であることがどんなに誇りであろうか。昨日は『蝦夷松前藩異聞』を読み終えた。ここでは作者の調査力、構成力の凄さを感じた。偉大な作家がこの世にいたんだとただただ感嘆の思いである。紹介してくれた親友に感謝感謝である。
最後に一言。彼女は何度か直木賞、芥川賞候補にノミネートされたらしいが、ついに賞の獲得はならなかった。そしてここで判ることは文壇の選考委員というのはただの人間集団であるということ、真に評価出来る人は読む本人その人であるということを強く思った次第である。
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