世界我が心の旅-2026.5.8

池上彰「NHK時をかけるテレビ」でロシア語同時通訳者 米原万里の「プラハ4つの国の同級生」を観た。彼女は1,959年~1,964年までお父さんの仕事の関係で6年間プラハで過ごしている。彼女のお父さんは日本共産党の幹部で共産圏のイデオロギーがどう変遷されているかを学ぶために党から派遣されたのであろう。プラハの小中学校時代仲の良かった3人の友と再会を約し30年ぶりで出会う。一人はユーゴスラヴィア人のヤースナ、彼女の家は裕福で遊びに行くといつも美味しいものを食べさせてくれたこと、今もベオグラードに住み自由に話すことが憚れる世間、かってユーゴはチトー大統領が治めていたが共産圏とはいえ自由な風土であったのに・・。このことは私が子供心に感心したことを憶えている。一人はリッツア、ギリシア人でとても勉強が嫌いで成績はいつも下であった。しかし両親がどの国に行っても困らないようにと医者になることをすすめ、一流大学の医学部に入る。それを米原は笑って不思議がる。もう一人はユダヤ人のアナ、自由な思想を持ちヨーロッパに憧れロンドンに住むようになる。それぞれの友の共産圏での彼女達が時と共に心情がどう変わってきたかを丁寧に綴った物語である。自由がない国で彼女達なりに一生懸命生き、どう人生を切り開いていったか、米原万里が進行役の取材班達に説明する姿に彼女が人間はそれぞれ主義主張を持って生きてきているか丁寧に述べる語り口に一つ一つうなずくのである。そして彼女達に決まって出る言葉はディアスポラ(Diaspora)この言葉は「離散」「散らばって暮らすこと」彼女は1,950年4月に誕生し2,006年56才で亡くなった。こんなに若くして亡くなったのかと複雑な思いである。この放送は1,996年の放映である。